京大特色入試 ー動機編ー ~なぜ2枚の紙だけで京大に入れたのか~

2020年6月1日

はじめまして。タムくんです。私は2019年度入試で京都大学工学部電気電子工学科に特色入試で合格しました。この入試で必要なものはA4の紙2枚の書類だけです。(一応足切りのためのセンターがありましたが,ほとんど関係ないと言ってよいでしょう)他の学部学科では面接をしたり学力検査をしたりするなか,電気電子工学科は受験生が用意するのは学びの設計書,顕著な活動実績の概要という内容の2種類の内容の提出書類だけでした。

特色入試の存在を知ったのは高3の4月で,そこから準備を始めました。ただ,準備を始めるにあたってネットで情報を集めていたところ,国際科学オリンピックで入賞しなければ合格できないだとか,なんだかとてつもないスーパー天才高校生じゃないとそもそも出願しないだとか,そういう誤情報しか出回っておらず,受験者層の特定にかなり苦労したので,実際に合格した時の自分の実績や周りの合格者がどのようなことをしていたのかなどの情報提供をして,京大だけでなく,東大や阪大などが最近始めだした旧帝大や国公立大学の推薦入試のハードルを下げて,多くの方が挑戦できるようになればいいなと思っています。

この記事では自分がこれまでどのような活動をしていたのかなどについてお話します。別の記事で,自分が特色入試対策に何をしたのかということや,学びの設計書と顕著な活動実績の本文をできる範囲で丸々公開したいと思います。先に行っておきますが,自分は全くもって天才などではありません。秀才が努力に努力を重ねただけです。中学生の方,これから高校生になる方から受験生まで,特色入試の存在を知ってもらって,より多くの人に京大を目指してもらえればと思って書きましたので,長くなりますが見てみてください。

中学生時代

中学生の頃はいたって普通の部活を頑張っている学生でした。テニスに没頭して毎日学校に行ってテニスをして帰ってくるような人でした。田舎のただの公立中学校だったので,ヤンキーや天才など本当に多種多様な人に囲まれた中学校でした。中3になり,受験勉強をそろそろ始めなければならないといったところで塾に通い始め,初めに受けた模試の判定ではとりあえずで書いておいた田舎の高校の普通科がD判定で,これには相当危機感を感じました。(確か偏差値50とかその程度です)それから努力ではだれにも負けないという意志で勉強に専念し始めたところ,気付いた時には県の一番賢い学校にも手が届くようになっていました。

丁度その頃に山中教授がiPS細胞の研究でノーベル賞を受賞し,マスコミが連日報道していた時期で,自分はそのiPS細胞によって,これまで困難だったあらゆる病気も治せ得るという話を聞いてすごく感動し,研究者に憧れました。山中教授の本などの色々な研究者の本を読み漁っていたのを覚えています。

このような背景もあって,研究活動が学校のカリキュラムに取り組んであり,SSH(スーパーサイエンスハイスクール)認定校で,高校の時点で研究をすることができるということを売りにしていた県のトップの高校に進路を決めて進学しました。

高校一年生

高校でもテニス部に入って勉強との両立を頑張っていました。1年の前期に受けた研究の授業の内容は情報のリサーチの仕方を学ぶというもので,クリティカルシンキング,メタ認知,心の理論というものを常に言われていた気がします。この授業で情報収集の仕方を学びました。一年の後半から各自少人数のゼミに配属され,そのゼミがそれぞれ定めるテーマに沿ってレポートを書くというような授業が展開されました。自分は物理ゼミに配属して,科学実験のやり方(実験器具の作成,実験誤差の考え方,得られた結果の考察など)を学びました。

自分の学校がSSH(スーパーサイエンスハイスクール)に認定されている学校であることもあり,学校に実験器具はかなり揃っていました。普通の学校にはないだろうと思われる測定装置などを見て感動していました。このように自分の環境はかなり恵まれていたと思います。高校受験を頑張って闇雲にただ偏差値が高い高校に進むという選択は,正直どうなのかなとは思うのですが,やはり環境という面では偏差値が高い高校の方が良い場合が多いというのはあながち間違いではないのかと思いますので,ただ偏差値が高い高校を目指すというのも良いのかもしれません。

受験勉強はどうなのかと言うと,漠然と京大に行くのかなと考えてはいましたが,ぶっちゃけ高1の時はほとんど何も考えていませんでした。高校入学時から,東進に通わせてもらっていたのですが,夏休みの間は2日しか行かず部活に専念していて,塾のメンターにこっぴどく叱られたのを覚えています。ただ,ある程度ちゃんと勉強はしていたので,学年の上位30番くらいのところは大体いつもキープしていたと思います。

高校二年生前期

二年生になって,本格的に研究活動がスタートしました。ゼミの中で,各々が1つテーマを設定して,そのテーマに沿って半年間で論文を執筆するというところまで持っていきます。研究をしたことがある人なら共感してもらえると思うのですが,一番最初のテーマ設定自体がかなり大変でした。当然研究なので,ググったら分かるようなことはテーマに設定したらいけません。逆に難しすぎるテーマを設定してしまっては,半年間で論文の完成まで持っていくことは不可能です。本当は自分はコンピュータなどの方面に興味があったので,電気電子系の研究をしたかったのですが,高校生の知識で探究できるような分野ではないと悟ったので,他の分野で探究しがいのあるようなテーマを探しました。色々と考えた末に気体の流れに関する研究をすることにしました。

気体の流れがどのようなものに依存して決まっているのかを考えて,ある時間にある場所にあった気体分子が,任意の時間の後にどこに動いているのか,そういった確率分布を出せれば面白いかなと思ったのです。ただ,これは高校生にしてはあまりに複雑な流体力学の分野の話だったので,もう少し簡単なことを見ることにしました。最終的に,気体の流れが何に依存して決まっているのか,その依存量を導出することをテーマに研究を始めました。

研究内容を詳しく話すといくらでも話せるのですが,これはこの記事の本質ではないと思うので省きます。結局半年間,誰よりも努力して論文を完成させました。出来栄えと努力量には自信がありました。

さて,研究の分野にも野球で言う甲子園,テニスなどで言うインターハイのようなものがありまして,それが日本学生科学賞(詳しくはこちら)というものです。これは読売新聞が主催している日本最大の研究コンテストで,まず地方審査(都道府県での審査)があり,それの上位(自分の県では最優秀賞のみ)が次の中央審査(いわゆる全国大会)に出場できるといったものです。他にも全国的に様々なコンテストが開催されています。

自分はこの日本学生科学賞と筑波大学が開催している科学の芽賞(詳しくはこちら)というものに応募しました。結果として科学の芽賞では努力賞を受賞しましたが,正直微妙としか言えない結果でした。また,日本学生科学賞の方は,残念ながら地方審査で県で2位との事で,中央審査に進むことができませんでした。これがもうとにかく悔しくて,圧倒的に無理だったなら諦めがついたんですが,2位ということで,あと少し届かなかったということが本当に悔しかったです。かなりの挫折感と敗北感を抱きました。学校の授業としてはもう終わってしまいましたし,リベンジすることも叶わないのかなと思っていました。

高校二年生後期

そうこうしているうちに,どうやら京大で研究発表をする大会のようなものが開催されるとの事で,(京都大学サイエンスフェスティバルという名前でした)その参加者の募集が高校を通じてありました。これは2月にあるとのことで,参加するかどうか大変迷いました。というのも,これにもし参加してしまうと準備に時間を割かないといけないので,部活動に専念することができません。ほかの部員との差が確実に生まれてしまいます。

自分は他の人と違う選択をすることで,それを理由として大勢の人ができることを「できない」と言うのがとても嫌いです。人と違うことをするという選択は,その分リスクが伴いますが,それを理由にして周りの人とは違うと言って大勢がしている努力をしないのは,ただの逃げだと思うからです。人と違う選択は,周りの人が普通にやっていることを普通にやった上でようやく行って価値があるものになると考えています。だからこそ,京都大学サイエンスフェスティバルに参加することで部活をする時間が削られて,それを理由に周りの人と差がつくのが嫌でした。

ただ,何かをしないという選択をして,後で「やっておけばよかった」という後悔をすることは,何かをするという選択をして失敗して「やらなければよかった」という後悔をすることに比べて,確実に後味が悪く,その後の人生でも「あの時あれをやっておけば・・・だったかもしれないのになぁ」と何度もタラレバ話を繰り返してしまうものです。端的に言うと,やっておけばよかったという後悔より,失敗してやらなければよかったという後悔をする方が良い後悔だと,少なくとも自分は経験上こう考えています。だからこれ以上終わった変えられない過去のことを考えるような無駄な後悔をしたくはないので,自分は何かやるかやらないか少しでも迷った時は,必ずやるということを心に決めています。

こういうこともあり,自分は京都大学サイエンスフェスティバルに参加することを決めました。参加するにあたって,新しい先生が担当をしてくださって,学校の設備などを休日でも利用させていただくことができました。前期に執筆した論文の粗探しをして深堀できることを検討し,新たに課題を設定して実験して結果を出しました。

発表会では全国から選ばれた高校の生徒が集まっていたのですが,どの発表も刺激的でした。また,発表のスキルは研究のスキルとはまた違って,どうやって聴衆の気を引くかなどの発表独自のスキルが必要になる事も分かり,自分の発表と他の人の発表を比べると強烈に至らない点をいくつも発見し,まだまだ自分を向上させられるポイントをたくさん見つけられたのも良かった点だと思います。

高校三年生前期

さて,そうこうしている内に高3になりました。自分が研究を続けた目的は,日本学生科学賞で中央審査に出場するということでしたので,京大で研究発表しただけで終わらせずに論文を完成させる必要がありました。受験勉強と部活のラストスパートと,やらなければならないことがたくさんあって忙しく,結局完成させられたのが6月でした。完成した論文は2年生の時に執筆した論文と比べて間違いなく良いもので,自信と達成感があり,中央審査に進むという目標も達成できると確信がありました。そこで,全国には色々なコンテストがあるので,たくさん賞状が欲しかったから出せるだけ出してみました。部屋の壁を賞状で埋めたいとさえ考えていました。動機は完全に不純ですが,これが自分の当時の純粋な気持ちです。完全に頭のどこかがおかしかったと思います。先生にも半ば呆れられながら推薦状とか諸々用意してもらいました。本当に感謝です。ただ,このように色々出せるだけ出しておいたのが後々特色入試に効いてきます。結果は後期に入ると分かることになります。

さて,少し時間が戻って4月になります。普通に勉強で大学に入ろうと目標を立てて受験勉強をしていました。志望校を考えたときに,日本で一番の研究の大学はどこかと言われれば京大だと思っていたので,京大を目指して勉強していました。東大ももちろん考えたのですが,イメージ的に官僚みたいなきっちりしているイメージが強く,対照的に京大の自由でゆるくて変な人が多いイメージに惹かれました。

また,それまで自分は推薦入試のことなど全くもって考えていませんでした。というのも,学校の成績がそこまで良くなかったからです。自分は模試は全国の高校生と全く同じ土俵で勝負して相対評価が得られる点で好き好んで勉強していたのですが,逆に学校の定期テストの暗記ゲー感がどうしても好きになれずに,定期テスト対策に勉強することはあまりなかったので,テストの成績もあまり良くありませんでした。特に英語とか国語や副科目に至っては,一度出題範囲の文章を読んだりするだけだったりしたので,平均点を割ることもしょっちゅうのことでした。模試ではちゃんと成績をとっていたのになぜこんなに定期テストの点が悪いんだと担任の先生に三者面談でしつこく言われてました。(覚えるだけの勉強は嫌だったんです。普通に勉強はちゃんとやってたので勘弁してください...)まぁとにかく,評定平均は大体3.5くらいしかなかったはずです。一般的に推薦入試を考えるなら評定平均は4.3くらいは欲しいという情報を聞いていたので,当然はなから無理だろうと思っていました。それこそ一般入試で入った方が確実に可能性は高いと考えていました。

ただ,それまで自分の研究を担当して下さっていた先生が,逆にここまで頑張ってきているのに推薦を考えないとはどういうことだと説得され,とりあえず情報だけは集めてみようと思い,それから推薦入試のことを本格的に調べることにしました。

そこで京大の特色入試を調べてみたところ,冒頭でも述べたように国際科学オリンピックに出ていないと受からないとか,一般入試よりもはるかに難しいなどと言った,かなりハードルの高い記事を色々見たので,逆にそういった入試で受かれればおもしろそうだなと思って軽い気持ちで受けてみることにしました。考えたところ,特色入試で落ちたからと言って一般入試で受かればいいわけですし,募集要項を見ても自分が志望する電気電子工学科はなぜか自分が用意しなければならないのはA4の紙2枚分の提出書類だけでしたので,こんなのすぐ書けるだろうと全く受けることによるデメリットを感じませんでした。また,国際科学オリンピックの受賞者と比べると全くと言ってよいほど実績のない自分が受かる確率は相当低いとは思っていましたが,受かる確率は0ではないので,一般入試だけで受験するよりは間違いなく受かる確率が増えるのも明らかでした。

このような軽い気持ちで受験を決めた自分でしたが,この二枚の書類を完成させるのはかなり労力を伴いました。自分としては勝手にこの二枚の書類を書いて,期限までに何度か再考して出すものだろうと思っていたのですが,学校の先生方が自分のこの書類を毎回時間を取って自分と一緒に会議をして添削をして下さったのです。正直学校側がここまで真摯に対応してくれるとは嬉しい誤算で,今でも本当に感謝しています。先生方の助けがなければ合格する書類を書き上げることはできなかったでしょう。このようなこともあり,中途半端な書類で出すことはできず,本格的に特色入試で合格するためのプランを練って文章を執筆することになりました。この会議は6月ごろからスタートして,最終的には特色入試の書類受付の10月頭までずっと続くことになります。

また,特色入試を受けようと決めたことによるメリットも違った形でありました。単純に科学オリンピックには漠然と興味を持っていて,自分が受けたらどんな結果になるんだろうと思っていたのですが,もう3年生で受験勉強に時間を割かないといけない身分なのにそのような受験に関係ないことを研究以外にもやって,他の受験生に差を付けられたらどうしようかと思っていました。でも特色入試を受けるにあたって,少しでも実績は残しておいた方がいいという考えも出てきて,この考えが自分が科学オリンピックに出る考えを肯定してくれました。

調べてみると,科学オリンピックは全国大会で優秀な結果を残した人が出場できる世界大会ということでしたので,その選抜をする日本の全国大会に出場しようと思って,当時得意だった化学の大会である化学グランプリに出場しました。これも日本学生科学賞と同じ形式で,まず一次選考があって,その上位80名(おそらくこれくらいの人数だったと思います)が二次選考に進めるという形式です。

この一次選考の参加者が4000人くらいいたはずで,そのうちの80人に入るのは容易ではなく,結局自分は150位くらいで残念ながら賞を手にすることはできませんでした。

かと思って落ち込んでいたところ,支部長賞というのが学校に送られてきました。どうやら二次選考の選抜とは別に,一次選考の各地方ごとの成績上位者にこの賞が与えられるようです。公式ホームページにも書いてない情報だったので割と面喰いましたが,ありがたくいただきました。

(これ,もらった後にも結構調べたんですが,どこにもこの支部長賞の情報が載ってないんです。載ってたとしても「どこぞの高校生が支部長賞を受賞しました!」というような高校内のニュースのみ。ちゃんと賞があるならあるで公式に発表してくれればいいのに。もしかしたら自分のリサーチ不足なのかもしれませんが。)

夏休み

さて,夏休みに入りました。自分の高校では,三年生の文化祭は高校の一大イベントで,全クラスがミュージカルのようなものを全力で行います。受験勉強をやりながらもほぼ毎日みんなで集まってダンスの練習をしたり,小道具を作ったり,衣装を作ったりします。

この文化祭の練習がかなり大変で,結局8月の後半は勉強を一切できませんでした。朝の4時までミシンで衣装を作り,学校に行って練習をするといった過酷な生活が続きました。ただこれは自分の学校のジンクスのようなもので,文化祭をこれでもかというほど頑張ってやり切ることで,それが終わったら受験勉強に専念できるというものだそうです。実際夏休みを文化祭にほとんど充てることで,限られた時間で勉強を効率的に行ったり,高校生活最後の青春を味わったりすることができました。

高校三年生後期

さて,文化祭が終わって完全に受験モードに切り替わりました。特色入試の締め切りが迫りコンテンツを考えていた矢先に,自分が応募したコンテストのうちの一つである,坊ちゃん科学賞の結果が返ってきました。結果は優良入賞ということで,特色入試の実績として一つ書くネタが増えました。また,幸運にも特色入試の出願の直前に,日本学生科学賞地方審査で最優秀賞を受賞したことが分かり,中央審査に進出することが決まりました。自分の三年間の目標が達成されたことが分かり安堵の気持ちに浸りながら,また特色入試のネタが増えたことにも喜びました。

最終的に10回もの添削をして頂いた後にようやく特色入試の提出書類が完成し,なんとか出願することができました。ただ,この時期では残念ながら日本学生科学賞の中央審査の結果は発表されておりませんでした。この提出書類の中身についてはまた別の記事を書きますが,先に書いておくとこの時点で自分が提出書類に書いた実績としては,

  • 科学の芽賞:努力賞
  • 坊ちゃん科学賞:優良入賞
  • 日本学生科学賞地方審査:最優秀賞
  • 化学グランプリ:支部長賞

たったこれだけです。確かに一般的な高校生と考えれば実績をあげている方かと思いますが,この世の中には国際科学オリンピックに出場している日本人だけでも毎年30人近くいるので,そのような人と比べると確実に見劣りする実績です。京大が実績だけで判断するなら,確実に自分は落ちていたでしょう。

さて,時間は過ぎて11月の末に,日本学生科学賞中央審査の結果が返ってきました。結果は入選二等ということでした。日本学生科学賞には全国の中高生合わせて7万人以上が参加するということなのですが,この入選二等は高校生のうちだと上位約20位にあたるものです。正直この結果は予想以上のもので,京大に受かった時の何百倍もうれしかったことを覚えています。というか間違いなく人生で一番うれしかったです。その時は塾にいたのですが,結果を確認したときはにやけが止まりませんでした。おそらく周りの人は自分のことを怪しい変態野郎だとでも思っていたことでしょう。その日は周りの視線が気になるし,にやにやしすぎて勉強に集中できないしで,自分へのご褒美としてハーゲンダッツを買ってすぐさま家に帰りました。

12月には授賞式が開かれ,受験勉強の息抜きに参加してきました。その場で色々な方とお話して,今でもつながっている人もいますが,どの人も尖ったおもしろいユニークな人たちで,人生で最高の経験をしたと思います。中には高校2年生ながら肺がんの自動判定をするAIを開発したとか言っている方がいて,こんな人に勝てるはずがないなと笑いました。清々しいくらいの敗北の気分でした。こういう人がノーベル賞をとったりするのかなと思います。

こんなごつめの楯をもらいました。結構重めでびっくりしました。

日本学生科学賞を開催しているのは読売新聞ですので,学校に取材の人がきて喋りました。こういうのも受験勉強の息抜きとして楽しかったです。あとで読売新聞に掲載されました。結構大きめに取り扱ってくださったのでうれしかったです。

さて,1月に入ってセンター試験があり,自己採点の結果は90%で,特色入試の足切りの80%を上回り一安心して二次試験の対策をしていました。

そうして2月の中旬に特色入試の合格発表があり,自分はネットで合格を確認した後にすぐ京大に実際に見に行きました。ただ,その場の高揚感は日本学生科学賞で入選二等を取った時より全然低かったです。(こんなことを言ったら誰かに怒られそう...)あと,これはとても不満だったのですが,京大での特色入試の合格発表の張り紙が本当に質素なもので全然合格した実感がわきませんでした。今年の発表はどうだったんでしょうか...

特色入試の合格発表

どう思いますかこれ。全体を撮った写真がないので分かりくいですが,ただの壁に貼ってあるんです。最初見たときはどこに貼ってあるのか分かりませんでしたよ。一般入試のときはかなり盛大に掲示されていたのに。

あと,しばらくしてから合格後得点の開示がやってきました。なかなかあっさりした評価で,提出書類Aとだけ書かれてました。Aの人が合格で,不合格の人はB~Dまでのどこかの値が載ってるらしいです。

あと面白かったのが一般入試の開示で,自分は結局一般入試は受けなかったのですが,そうなると開示の欄はどんなふうになるんでしょうか。気になりますよね。

不受験の場合はこんな風に******で書かれるっぽいです。まぁそうでしょう。0点になってるかこんな風に書いてるかだろうと思っていたので,だいたい予想通りではありました。

あとがき

かくして自分は京大に特色入試で合格しました。自分が必要だった書類はたった2枚のA4用紙のみ。これだけで京大に入学できました。特段輝かしい実績がなくとも,目標をもって三年間頑張れば京大でも勉強云々無しで受かるんです。テニスや野球やサッカーなど,部活動に所属している人なら一生懸命努力するはずです。これが自分にとっては研究だっただけです。皆が部活に専念している中,(私もテニスを確かに頑張りはしましたが)自分は研究をやっていただけです。努力する対象が普通の人とは違っただけです。

結局何が言いたいかというと,京大の特色入試は全くもってハードルが高い入試ではないということです。当然学力がなければ,合格した後に大学の勉強で困ることは言わずもがなですが(そういう特色入試合格者もいるにはいます)合格してしまえばこっちのもんです。本当に京大に入りたければ,一般入試と並行して特色入試も受けてみてください。自分はもし特色入試で落ちてしまっても,そのための10回もの添削で自分の文章の執筆力は格段に向上したと思いますし,その過程で自分の高校生活の振り返りや今後の人生の目標などを振り返ることができたので,受けることによるメリットのほうがかなり大きかったと思います。少なくとも,受験という範疇で考えずに今後の人生という範疇で考えると,得られたものはかなり大きかったと思います。

自分が人に自慢できることはたった一つだけで,自分が三年間で決めた目標を妥協せずやりきったことです。天才ではありません。ただひたむきに努力した結果が京大に受け入れられただけだと思います。皆さんも是非,自分の限られた高校三年間で何をしたいのかを決め,その目標に向かって妥協せずにやりきって,その結果で京大に挑戦してみてはいかがでしょうか。

(もちろん,勉強もしてくださいね。勉強せずに大学に入ってしまうと,入った後が大変だと嘆いている特色勢もおられるので。)